地球人をワイアール星人そっくりの生物に変えて同化させ、地球侵略を目論む。先ず母星の金属性の石(チルソナイト808)の中に、地球防衛軍・宇宙ステーションV3勤務の石黒達男隊員を閉じ込めておいて、彼の姿を模倣した個体が「休暇のための帰還」名目でまんまと地球に侵入した。石黒隊員を閉じ込めた石を予め自身の身近に、つまり石黒邸の庭に送り込み、転送に似た方法で石の中にあるコピー対象(石黒隊員)を模倣し続け、姿形を人間体に固定。然る後に、自身の元へ小型の電子頭脳を小包郵送させてこれを受け取り、人を襲いたいという衝動・欲求をその電子頭脳で制御した。人目のつきにくい夜間を待って本来の植物状の姿に戻り、石黒邸近辺の821区世田谷区岡本町を徘徊、酔っ払いなどガードの手薄い人間を襲撃する。同化液を浴びせられた被害者はワイアール星人そっくりの“人間生物X”となり、今度は加害者として人間を襲い、3日で10数名の被害者を生じさせネズミ算式に増殖・蔓延してゆく様相を呈した。だが自身の行き過ぎた行動の結果、植物怪物を恐れて夜間外出する人間が減ったため、新たな増殖地を求めざるを得なくなり、石黒夫人を伴い箱根へ向かうことに。一方、電子頭脳はダンによって発見され、石の中の石黒隊員の発見とともに偽装は解除、箱根へ向かう途中だったロマンスカーの中で、自制を失ったワイアール星人は堪え切れず遂に正体をさらしてしまう。駆けつけたダンの攻撃を受け巨大怪物化し、筋状の光線でウルトラセブンに応戦する。最期はセブンのアイスラッガーで縦に真っ二つに寸断され、エメリウム光線で焼かれた。ワイアール星人が絶命すると、怪物化した人間は元の姿に戻る。
ワイアール星人のデザインを手がけたのは、前衛美術家の成田亨である。シュルレアリスト画家のマックス・エルンストが描いた作品に『生きる歓び』(1936年)というのがあり、そこに描かれている動物と植物がどろどろ融け合っている有り様は、まさにこのワイアール星人のイメージだ。
『ウルトラマン』に登場したグリーンモンス(第5話)やケロニア(第31話)に見られる、植物怪獣に特徴的な左右非対称の不気味さはこのワイアール星人にも健在で、非動物的な異様さを効果的に顕現させている。ちなみにこの“アシメトリー怪獣”の意匠は、次作・『帰ってきたウルトラマン』第1話「怪獣総進撃」に登場するザザーンの、池谷仙克によるデザインワークにもその踏襲が見られよう。
グリーンモンス・ケロニア・ワイアール星人・ザザーンと、端的に「植物」が前面に表出した怪獣は、それが元々物言わぬ存在であるが故に極めて不気味である。殊にケロニアやワイアール星人については、元となる具体的な植物の種類が何であるかが判然としない。だが明らかに「植物怪獣」である両者が纏っているのは、植物自体が持つ「抽象性」なのだ。我々はケロニアやワイアール星人が放つ異様さの背後に、植物の抽象性を恐怖の象徴として捉えるのである。
シュルレアリストの成田は、「抽象性こそが怪獣を生み出す原動力」と語った。無意識の中にある想像力を解放し、成田自身がそこで出遭う驚きや恐怖やのあれやこれや。その追体験として我々は、テレビ画面の中から空想を超越し現実世界に浸蝕しようとするウルトラ怪獣に恐怖し、驚愕し、狂気し、そして沸騰するのである。
さてワイアール星人の着ぐるみには、ひとつの工夫が施されている。身体のあちこちにいくつかの鏡を仕込むことによって、そこに空を映り込ませ、ツタの絡まる隙間が、あたかも空洞であるかのように見せようとしたのだ。本編を見るかぎりその効果が遺憾なく発揮されたとは言い難いが、とにかくもその意匠の凝らしように関しては特筆に価しよう。「中に人が入っている」ことを前提とした「着ぐるみ怪獣」へのあくなき抗弁・挑戦は、ここでも垣間見ることができるのだ。
ワイアール星人の着ぐるみ演者は、春原貞雄である。第1話のウインダムや第41話のテペトも春原であり、マンガ的でわかり易い動きが特徴的だ。身体を微動させながら両手を前に突き出し、人びとを襲うワイアール星人の有り様は、前時代的な「お化けぇ~」の演技に通底するものがある。また腕をバタバタさせながらクール星人の宇宙船を追うウインダム、戦況不利と見るやウルトラセブンに侘びを入れるテペトと、シリアスなドラマを展開する『ウルトラセブン』の中にあって春原怪獣は、そのユーモラスな動きでほっとさせる存在でもあるのだ。
ちなみに現代に紙芝居の技を伝えている人に“大月ひかる”なる人物が居るが、彼の本名は春原貞雄であり、大月の名前を語る以前は春原貞雄の名で結婚式や子供向けのショーの司会を本業としていたそうである。これがワイアール星人の春原と同一人物かどうかは定かではない。子どもの頃大好きだった紙芝居に憧れ「いつかは自分で」という夢を果たすために昭和54年に紙芝居士の門を叩き、今は「子どもたちを楽しませる」ことに従事しているそうだ。その人物像こそ、怪獣の着ぐるみの中に入って「子どもたちを楽しませる」春原貞雄の人物像に通底し、両者がダブって見えてならない。実際に“大月”の方は子ども向けのショーの仕事もしていたのだし、『ウルトラセブン』放映当時の年齢が23歳ぐらいだったことを鑑みれば、かなり有り得る話ではないだろうか。
「植物」という具象性を顕わにしたワイアール星人は、四肢を有しながらも過剰な「植物性」を身に纏う。これは、先に挙げたケロニアやザザーンについても言えることだ。
このように過剰な「植物性」の装飾を身に纏うものの祖として、『ウルトラQ』に登場するガラモン(第13・16話)が挙げられる。ガラモンはもともと動物と植物の中間生物としてデザインされたもので、体表を埋め尽くすあの特徴的なデコレーションは、当初緑色に塗装される予定であった。結果的には赤く塗装されてしまったが、もし緑色に塗装されていたら、あの独特な質感を帯びる装飾はまさに「植物」足り得たであろう。
余談だが、このワイアール星人とガラモンの共通点の補足として、“チルソナイト”の言葉を挙げておく。『ウルトラQ』第16話「ガラモンの逆襲」に登場するセミ人間の名称は“チルソニア遊星人”であり、この「緑の恐怖」に出てくるワイアール星の鉱物の名は“チルソナイト808”なのだ。両作品の脚本を手がけた金城哲夫の、シリーズを飛び越えた「お遊び」とも言えよう。
コピーする人間の保存とその置き場所。自己制御のための電子頭脳と自分に宛てた小包郵送。人目につかない夜間時限定の暗躍。正体が露見しそうな非常時においても、着衣の身だしなみを気遣うマメさ。未警戒地への新増殖地開拓。質面倒くさいワイアール星人の繁殖計画は、郵便局まで使う用意周到さだ。一体郵便局などいつ利用したのか、あの不気味で陰気な配達員とともに不明である。他天体への覇権か、はたまた逼迫した種存続の事情か。「侵略」というよりも、生命本来が持つ「殖」に忠実なワイアール星人の必死な生存活動である。
『ウルトラセブン』第2話にして、植物系モンスターの登場だ。『ウルトラQ』第4話「マンモスフラワー」登場のジュラン、『ウルトラマン』第5話「ミロガンダの秘密」登場のグリーンモンスと、制作区分Aブロック班の第1作ないし第2作には、必ず「植物怪獣もの」が制作されている。
これはチーフライターである金城哲夫の「洋画モンスター」嗜好の趣味世界が、色濃く反映された結果だ。金城は、「マンモスフラワー」では梶田興治と共著で脚本を、「ミロガンダの秘密」ではプロットを(脚本は藤川桂介)、そしてこの「緑の恐怖」の脚本を手がけている。特にグリーンモンスとワイアール星人について言えることだが、「夜な夜な人を襲う怪物」という設定は吸血鬼さながらで、まさしく洋画モンスターの像そのものであろう。
「緑の恐怖」というタイトルは、まだ『ウルトラQ』以前の企画段階にあった『WOO』の第11話のプロットとして、そのルーツを持つ。その内容は、『ウルトラマン』第5話「ミロガンダの秘密」の原案にあたるものだ。これが『UNBALANCE』の番組名時点で「突然変異」というサブタイトルで再浮上するが制作に到らず、その後も『ウルトラマン』の企画段階である『科学特捜隊ベムラー』では再び「緑の恐怖」となり、更に「グリーン・モンス」のタイトルを経て、『科学特捜隊ベムラー』を押し進めた形の『レッドマン』の企画段階においては、みたび「緑の恐怖」となる。最終的には前掲どおり『ウルトラマン』第5話「ミロガンダの秘密」としてフィルム化に到り、「緑の恐怖」のタイトルも『ウルトラセブン』の第2話で使用される運びと相成る訳だ。そこに見るのは、植物系モンスターにかけた金城哲夫の執念である。
監督は野長瀬三摩地。『ウルトラマン』第28話「人間標本5・6」におけるダダで、等身大モンスターの恐怖演出は立証済みだ。
この「緑の恐怖」でも、夜の訪れとともに変身して人を襲うシーンは、襲われる酔漢を演じた大林千吉お馴染みの過剰な演技とともに印象に残る。また箱根へ向かうロマンスカー車内で、ミカンの皮を剥いている夫人の隣りで石黒隊員がみるみる緑色の化け物になってゆく場面は、日常が瓦解する瞬間の恐怖を描いたシーンとして白眉だ。ウルトラ原体験のひとつに挙げられるのではなかろうか。
そのほかに、野長瀬監督作品における「恐怖」を挙げてみよう。先ずは『ウルトラQ』第20話「海底原人ラゴン」だ。目を爛々と輝かせ夜の漁村に上陸した水棲人の異形は、痛烈に記憶に残る。『ウルトラマン』第18話「遊星から来た兄弟」ではニセ・ウルトラマンの登場が注目されがちだが、冒頭の霧深い夜の街を徘徊するマント姿のザラブ星人こそは「野長瀬恐怖」と言えよう。野長瀬監督の恐怖演出は、『ウルトラセブン』に到り更に磨きがかかる。既出のワイアール星人のほかに、第19話「プロジェクト・ブルー」における屋敷内に潜むバド星人の恐怖、そして第23話「明日を捜せ」における「何処へ逃げてもシャドー星人」というムジナ状態の恐怖がすぐさま思い浮かであろう。
ワイアール星人、ダダ、ラゴン、ザラブ星人、バド星人、シャドー星人。これらに共通するのは、前述したように「恐怖」を発信する主が等身大の異形であるということだ。東宝時代に培われた手腕であろうか、とにかくそういった「恐怖」に野長瀬監督の得手を見る思いである。
さて怪奇ムードで進行する本エピソードだが、クライマックスは巨大化したワイアール星人とウルトラセブンの一騎打ちとなり、暗から明へ転ずるその躍動感に俄然盛り上がる。「巨大怪獣(あるいは巨大ヒーロー)もの」の醍醐味だ。トンネル内で巨大化したワイアール星人が、山を突き崩して登場。続いて変身したセブンが、そのワイアール星人を払いのけての登場をする。勇壮な楽曲をバックにしての、巨人と怪物の対峙。第1話でのクール星人との戦いに戸惑った子どもたちに、この対峙は大きな希望を投げかけたことであろう。トドメのアイスラッガーがワイアール星人の身体を縦に寸断するシーンに、胸躍るのである。
ところで『ウルトラセブン』第1話では、「ウルトラセブンが如何にして地球を守ることとなったか」という動機づけが全く描かれておらず、言わば作品の肝を欠いてのスタートであった。更に驚くべきことには、第1話では名前すら付いてなかった謎の赤い巨人が、この第2話では既にウルトラ警備隊の面々によって“ウルトラセブン”と呼称され、もう昔から居る仲間のようにまったりと融けあっている。
第1話・第2話ともに、チーフライターである金城哲夫の脚本だ。『ウルトラQ』と『ウルトラマン』をずっと観てきたファンにとって、そんな事は予定調和であってさしたる弊害も無いのかも知れないが、やはり不自然極まりなく乱暴な感は拭い難い。これはやはり『ウルトラマン』で既にひとつの答えを出してしまった金城の、『ウルトラセブン』に対する情熱の減退が露わになっているのではないか。(詳しくは、『ウルトラセブン』第1話「姿なき挑戦者」の項目を参照していただきたい)
山を突き崩し巨大化して登場した赤い巨人に向かって「ウルトラセブ~ン!」と叫ぶアンヌに、何やら薄ら寒ささえ覚えるほどである。
劇中に登場するワイアール星の鉱物・“チルソナイト808”の名称は、同じく金城が脚本を手がけた『ウルトラQ』第16話「ガラモンの逆襲」に登場するチルソニア遊星人(セミ人間)の名を、シリーズを越えて命名したいわばファン向けへのお遊びだ。本エピソードでは、そういった「シリーズを越えた」リンクがバイプレイヤーの顔ぶれを通じても見て取れるのである。幾つか挙げてみよう。
“生物 X”の名は、完成フィルム仕上げの段階で、シナリオに無かった“ワイアール星人”という名称をナレーションで与えられた。
そのネーミングの由来は、
葉緑素をローマ字表記した際の「YOURYOKUSO」、そのYとRをとってYR(ワイ・アール)としたものである。
以上のように、花を持ったものや樹木に着想したものなど、さまざまな態を為す植物怪獣であるが、「恐怖」という面に着目すれば、グリーンモンスやケロニア、そしてワイアール星人が孤高を誇っている。
ねずみ算式に増えてゆくワイアール星人
植物怪獣におけるアシメトリーの恐怖
植物の「抽象性」が怖い
鏡を仕込むことによって、
ツタの絡まりを表現しようとした
「子どもを楽しませる」春原怪獣
ガラモンも植物としての意匠を凝らされる筈だった
植物モンスターは、金城の嗜好性の顕われである
「緑の恐怖」と「ミロガンダの秘密」の秘密
等身大モンスターに見る「野長瀬恐怖」
アイスラッガーが怪奇ムードをぶった斬る!
語られることのないセブンの動機づけ
大村千吉を錯乱させた怪獣たち