「フィギュアで綴るウルトラ怪獣ラァーヴ!!」 は、
フィギュアの写真による “ウルトラ怪獣図鑑” です。
昭和41年生まれの“怪獣世代”である管理者が、 怪獣に対する想いの丈を、趣向を凝らして撮影した不断なフィギュアの画像とともに、 あまねく語ろうという試みです。
昭和41年。本邦初の本格的特撮番組・『ウルトラQ』の放映が開始されました。それまでは映画だけのものであった“怪獣”が、いよいよお茶の間に進出して来たのです。これによって怪獣たちは、子どもたちにとってより身近な存在となり、かつて無かったほどに熱狂的支持を受けました。
斯く言う私も昭和41年生まれで、もちろん当時のものは全て再放送を見て育った世代ですが、それでも怪獣に血湧き肉躍らせた“怪獣世代”としての自負があります。尚且つ往時の興奮は、40歳を過ぎた今尚決して冷めることはありません。
昭和41年生まれの怪獣世代のひとりとして、40歳代の目線から“怪獣”というものに様々な角度から光を当てようというのが、当サイトの本懐です。その対象をウルトラ怪獣に絞りますがしかし、怪獣ひとつひとつについてその想いの丈を語り放とうというものですあります。
怪獣のテレビ進出。その1年前に公開された東宝映画・『怪獣大戦争』の中で、銀幕の怪獣王・ゴジラが宇宙で「シェーッ」のポーズをとり、当時の怪獣ファンの子どもたちを仰天させました。実はその事こそ、怪獣がテレビに迎合した象徴的瞬間だったのではないでしょうか?来るべき怪獣のテレビ時代が、予見されていたのでしょう。
ともあれ。怪獣がテレビのブラウン管に登場したその記念すべき初山踏みから、既に40年以上の時が経ちました。その間にはウルトラ・シリーズをはじめ多くの特撮番組が放映され、幾多の怪獣や怪人たちがお茶の間を賑わせたことでしょう。殊に、悪役ないしやられ役である筈の怪獣や怪人が、ともすれば正義のヒーローより熱狂的支持を以って受け入れられたことは、“怪獣文化”華やかなりし日本ならではの事象なのではないのでしょうか?
もちろん初期のウルトラ・シリーズにおいて、成田亨と高山良策という2人の前衛美術家による業績があったればこそ、今日の怪獣文化の繁栄があるのだと思います。幼少の砌に、無論知らなかったこととは言え、彼ら2人のコラボレーションによる怪獣の数々を享受出来たこと。これを甚く幸せに思うとともに、豊かな情操を与えてくれた成田・高山コンビネーションへの賛辞の意を以って、当サイトの狙いと定めました。
尚当サイトでは、成田・高山両氏が関わらなくなったいわゆる“2期”以降のウルトラ怪獣についても触れています。私としては“1期”と“2期”以降を、特に区別しようという心算はありません。ただウルトラ・シリーズという同俎上であまねく“怪獣”を語り尽くしたく、換骨奪胎的な解釈で2期以降から現在に到るウルトラ怪獣もその対象としました。濃い・薄いの差こそあれ、何となればテレビ怪獣の礎を築き上げた成田・高山コンビの精神は、何らかの形で継承・踏襲されている筈ですから。
もちろん成田・高山両氏だけでなく、例えばウルトラ・シリーズそのものの礎を築いた金城哲夫など、シリーズ制作に携わった諸氏の功績を見過ごせばそれは片手落ちとなりましょう。“多角度からの怪獣の語り”を目指している以上、怪獣自体の形態はもちろん、登場した物語や時代背景などにも言及してゆく所存です。怪獣ひとつひとつについて、出来得る限りの多角的視点から語り尽くすこと。その姿勢を維持し、怪獣に向き合えたらと思います。
さて90年代半ば頃より、いわゆる“フィギュア・ブーム”なるムーヴメントが興りました。その勢いは、新世紀を迎えてから10年経とうとしている現在でも尚、留まることを知りません。この間本邦の潤沢なキャラクターたちは次々にフィギュアとして商品化され、その対象としてはもちろん我らが“怪獣”も例外ではありませんでした。玩具店や模型店などには昭和当時では考えられなかったリアルな造型の怪獣フィギュアが立ち居並び、またコンビニエンス・ストアの店頭には精緻に作り込まれたオマケとしての怪獣が間断無く発売されているという現状です。それはもはや“懐古”などという言葉では済まされないような狂奔振りで、私たち怪獣世代にとってはこの上なく有り難い時代となりました。ほかならぬこのフィギュア・ブームこそが幼少時代の熱狂を呼び醒まし、また本サイトを立ち上げる大元の要因になったと言えましょう。
私事を挙げれば、1994年。何気なく立ち寄った百貨店の玩具売り場。そこに陳列されていたバンダイ・ソフビ人形のメトロン星人に目を奪われたのが、そもそものきっかけでした。そのリアルな造型と彩色、そして「くっ」と曲げた膝の綾には明らかに中に入った演技者の体躯が意識されており、怪獣人形と言えばブルマァクのソフビ人形で育った私には、もう衝撃以外の何物でもなかったのです。もっともガレージ・キットなどのリアル造型による、怪獣フィギュアの存在については知っていました。しかし幼児対象の玩具として売られていたメトロン星人について施されたこだわりの細工に、「いよいよこうなったかぁ」という感慨もひとしおだったのです。
そしてほどなく発売されたバンダイの「HGシリーズ」が、私の怪獣フィギュアへの執着を決定づけました。200円を投入し、ハンドルを回して出て来たずっしり重めのカプセル。その中にはエレキングの懐かしいホルスタイン柄がぎっしりと詰まっていて、何よりもあの長い尻尾を含めてその狭いカプセルの中に全て入り切れているのが不思議でなりませんでした。今でこそ「HGシリーズ」の常識ではありましょうが、あのときの感動は10年以上時を経た現在でも色褪せることありません。
メトロン星人の曲げた膝と、ガシャポンのカプセルにぎっしりと詰まったエレキング。端的に言ってこのふたつが、私を怪獣フィギュア蒐集に向かわせたのです。その後10年以上が経過し現在も継続しているムーヴメントですが、先にも述べたようにひとつひとつのクオリティは、単純に“玩具”という言葉で片付く筈もありません。作り手の執念や拘泥といったような気骨に対して、賛辞を贈るものであります。
当サイトは、ここ十数年で発売されたウルトラ怪獣のフィギュアを以って、怪獣に対する私なりの愛を綴ってゆこうというのがその目的です。フィギュアを撮影した写真と、そして私が思うことをつらつらと書き連ねた文章で構成しました。まあ平たく言えば、「フィギュアで綴る怪獣図鑑」です。発想の源としては、例えば「エレキングは牛をモチーフとした怪獣とよく言われるけど、本当にそうなのか?」、また「ならば、同じ“牛怪獣”と位置づけられるエレキングとゴモラを並べてみるとどうか?」など。押し並べて、そういった単純な「思いつき」に端を発しております。
“怪獣”を語る体裁として、大別してふたつの項目を設けました。ひとつは怪獣自体について出来得る限りの詳述を意図とした「SketchBook」なる項目と、そして今ひとつは怪獣フィギュア自体について語る「ToyBox」なる項目です。特に「SketchBook」における文章の意趣として、70年代に発売された『ワールドスタンプブック 怪獣の世界』の特徴的な編集、つまり「特性別による怪獣の種別分け」という、怪獣図鑑にあってはかつて無かった切り口のニュアンスを含ませました。個性豊かなウルトラ怪獣をただ単にシリーズ毎に分けるのではなく、その怪獣を系統立てて位置づけてみようというものです。したがって先に挙げたように、「牛怪獣」同士のエレキングとゴモラを並べてみたり、或いは「昆虫顔」を持つピット星人と仮面ライダーを比較してみたり。これに伴う写真がまた奇異なもとして映るかもしれませんが、実はその「頓狂さ」こそが当サイト発足の淵源となっております。「○○と△△は似ているなぁ」 「似ているもの同士を並べてみよう」 全てはこのような、単純発想を起点としております。視点の突拍子も無い飛躍。その勇躍振りを楽しんで戴ければと考えております。
いずれにせよ独善と偏執に走ったり、またときには突飛この上ないことを論じているかもしれません。しかしながら当サイトの趣旨としては、「怪獣体系学」とも言うべきものを標榜しました。したがって極めて高圧的で衒学的な物言いで綴られておりますが、ひとつの怪獣についてなるべく多くを語りたく、「です・ます」調を敢えて避け無駄な文字数を省いた結果であります。全ては、怪獣に対する私なりの愛情の顕われ。そう思って、どうかご容赦のほどをお願い致します。お読み苦しい点や鼻持ちならない点も多々ございましょうが、忌憚の無いご意見、また事実の正誤などございましたら、何卒こちらまでお知らせ下さい。直ちにこれに応じ、訂正・加筆を厭うものではありません。
尚当サイトは、完成品ではありません。極々僅かなウルトラ怪獣を取り挙げて、サイト開設としました。もちろん向後、語る対象の怪獣を陸続と増やしてゆく心積もりです。次の怪獣は、何が来るか?それについては、「予告篇」の欄をご覧下さい。また商品化されていない、もしくは私が入手していないウルトラ怪獣につきましては、原則的に言及しておりません。併せてご了承下さい。
では。「フィギュアで綴る怪獣図鑑」を愉しんでいただければ、怪獣ファンとしてこれ以上の悦びはありません。40歳を過ぎても尚冷めやらぬ“怪獣熱”。その放出こそが、本サイトにおける瀉血的役割にならんことを願って。
本文を書くにあたって、私の拙い知識や記憶を補うためにいくつかの書籍や文献を参考にしました。それらを以下にレファレンスとして列挙し、各著者諸氏への敬意と代えさせて戴きます。
※カッコ内は、発行当時。
JICC(ジック)出版局 1992年7月2日発行
※敬称略