レッドキングを前に、ピグモン自ら囮となった第8話の名シーンを立体化。バックの段丘(三浦海岸)や手前にあしらわれた草花などは、スチール写真などで馴染み深い。そしてそこに佇む風船付きピグモンは、まさに劇中さながらの雰囲気を放っている。情景フィギュアとして、出色の部類に入るであろう。ピグモン自体の造型も申し分無い。ガラモンのときより延長された脚、奥行きのある体表のモールドなどには特に刮目だ。側面から見た前傾姿勢は、演者がガラモンのときとは違うことを示している。また彩色については、目に施された精緻な隈取りを見ていただきたい。この目つきによって構築される表情からは、愛嬌が発せられている筈だから。それはもちろんガラモンのものではなく、明らかにピグモン特有の頓狂顔に宿るものである。
玩具に囲まれてうたた寝するピグモン。この殺人的なかわいらしさは、第37話からのイマジネイションだ。劇中では百貨店の玩具売り場であったが、これは子ども部屋の雰囲気で構成されている。ナメゴンやペギラ、またロボットなどの昔懐かしい玩具のあれやこれや、その豆粒のようなアイテムに昭和魂を喚起させられよう。しかし主役は、何と言っても眠りこけている珍獣だ。昭和当時は「押し付け」感からか何の思い入れも無かった怪獣だが、このフィギュアには俄然愛着が沸く。玩具棚に委ねた身体、無造作に投げ出した四肢と、そして安眠顔!造型や彩色云々を兎や角言うより、先ずはこのイマジネイションのセンスを味わうべきもの。もはや円谷が意図とした魂胆、すなわち「かわいらしい」怪獣への集客効果などという次元からは超越して、ピグモンはまさにそこに眠っているのだ。
ピンク色の風船がチャーム・ポイント。「かわいらしい」とされるピグモンに、暖か味あるソフビ造型、そしてこの風船が愛らしさのエッセンスのトドメだ。一体化されているとは言えこの風船は、背面には白い紐の造型と彩色が施されており、その行き届いた配慮には恐れ入る。体表のモールドの細やかさや、黒系のスプレーを噴き付けた彩色仕上げなど、丁寧な仕事振りには好感が持てよう。手に取れば、作り手の愛情が伝わって来る。
96年発売のもののリペイント再発。人気投票によって選ばれたピグモンだが、造型が修正された訳ではないので、形式的なずんぐり体型は相変わらずだ。彩色については改善が為されており、体表のモールドの凹部に潜り込んだ深めの赤が、背面を含む全体像をきゅっと引き締めている。口腔内には歯列のモールドが認められるので、これを空間のニュアンスを示す黒に塗装するのはやはりおかしい。どう見てもお歯黒だ。
見開いた目が頓狂なピグモン。ボトルキャップ・サイズのものになってくると、体表のモールド再現には無理と限界が生じよう。よってこの“雰囲気造型”は、責められるところではない。ボトルキャップ・フィギュアとしては、可も無く不可も無くと言ったところ。“らしさ”もそれなりに出ている。
知り得る限り、「それがピグモンである」と認識に能う、恐らくは最小の物。判ずるよすがは、形状と色彩より寧ろ、その状況である。レッドキングの足許に転がるピンク色の芥子粒。これだけでアイデンティファイして退けるのだから、彼の死のシチュエーションが如何に赫然としていたか、いやはや改めて痛感させられる次第だ。捥がれ打ち棄てられたチャンドラーの片羽と同様に...。生ける者(レッドキング・マグラー・ウルトラマン)と亡き者(ピグモン・チャンドラー)が、隣り合わせて混在する娑婆。貪欲な生命の何たるかを、まざまざと活写した怪獣戯画の完遂である。
“怪獣画伯”・開田裕治のイラストレーションを立体化。本品は、斯かる趣向で構成されたミニアチュアだ。しかしこの「多々良島の激闘」と題された元絵には、仰臥するピグモンは疎か、チャンドラーの片翼さえも描かれてはいない。一方向からの賞翫で充足する絵画に対し、立体造型作品の製作にあっては、全方位からの観覧を想定した上で事に当たる。なので、淡紅色の塵芥も酸鼻窮まる残骸も、並べて“ソリッド”を見据えた即興的な輻輳、怪獣戯画を更に活況させる演出と捉えられよう。
Dydo飲料の「復刻堂シリーズ」に、愈々“怪獣缶”が登場。
シャーベット・トーンで彩られたバルタン星人やらピグモンやらが、アルミニウムの円筒を被覆。内容のレモネードに縛られない奔放な色遣いは、視覚と味覚の間に齟齬を生じさせ、喉元を通過する摂取物に対して、疑惑と混乱を招いたり、そうでもなかったり。例えばこのピグモン缶の桃色。「ピーチ風味が来る」ものと見た目で決め付けて、己が舌根をそのように構えていたら、酸っぱいしっぺ返しを喰らう事請け合いだ。呵々、可笑し。
ピグモンの表徴は(勿論ガラモンも)、何と言っても、鬱葱とした樹葉の繁茂を髣髴とさせるあの量感にある。遵って襞の幾重が織り成すシルエットを態々殺して、無理強いに円柱形状に沿わせてしまえば、それは最早ピグモンでなない。こういった企画は、キャラクターの選抜に余程気を遣わねば、間抜けな結果を見よう。“人気者”・ピグモンを外さなかった意向は、商業戦略の観点からしても正解、重々汲める。だがトーテムポール宜しく、両端をラウンドに引っ張られた頓狂顔が、何とも空寒いのも本當だ。